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「悠仁さま」にどうしても違和感

連日「紀子さまご出産」の報道に沸いているこのごろだが、「悠仁さま」という言葉が出てくるたびに違和感を感じてしまう。それは普通なら赤ちゃんは「~ちゃん」と呼ばれて可愛いがられるからだ。
もっとも皇族だからといって「さま」で呼ばれなければならないという決まりはないのだから、それはあくまでもマスコミが醸し出している特別なものなのだが。そして沿道などで熱狂的に声援を送っているご婦人などが映し出される。あるいは同じ日に生まれたことで喜んでいるお母さんなどが映し出される。彼女らはやはり自分に可愛い子供が生まれてうれしい、といった気持ちと「ご出産」の報道を重ね合わせているのだろうが、「無事に生まれてよかった」とか「可愛いお子さん」という感情にふさわしいのはやはり「~ちゃん」だと思う。アナウンサーが彼は「特別な教育を受けられ・・・」と平然と今後のことを解説するが、私などはそれを聞いて「ああ、自分の人生をきめることもできないんだなあ」と考えてしまう。紀子さんにしても、この間どんなにプレッシャーを受けて苦しんだことだろう。少なくない国民がこのような報道に違和感を感じないのは、おそらく国民に多く露出しているマスコミには決してこの言い方に反するようなものは出てこないからなのではないだろうか。私にとってはこの特別扱いは今の日本に生きる人間として不自然だ。

少し前になるが、9月9日の朝日新聞のオピニオン欄に船曳建夫という大学教授が「天皇制 廃止論議に耐えられるか」という文章を書いていた。この中で船曳氏は、

天皇制は日本の中で、養子を認める「イエ制度」とは一線を画し、どんなに血が薄くても、男系の天皇を作るという特別な制度を守り続けてきた。
しかし、自由と平等の価値観が浸透する中、それを支えた側室がなくなり、宮家の数も減らされてきた。民主主義との矛盾を覚悟でやってきた結果、「後継者がいなくなる」という、予想された危機を招いたといえる。

と述べている。

一方安倍晋三氏は「美しい国へ」の中で、

日本の歴史は、天皇を縦糸にして織られてきた長大なタペストリーだ・・・日本の国柄を表す根幹が天皇制である。

と書いているが、日本の歴史は皇室の歴史ではないのだから、天皇がどこに住んでいるかわからない人がほとんどだった時代もあった日本の歴史において、その国の伝統という場合に、「特別な制度」を守り抜いている特別な家系(万世一系というのも疑わしいが)を国柄の根幹にするというのはおかしいと思う。
そして船曳氏が言うように「後継者がいなくなる」ことが宿命となっている今、皇室は普通の家が後継者を残せないと悩むのとは桁違いの苦しみの多い時代を迎えようとしている。政治にしても国民にしてももう少し想像力を働かせてもいいのではないか。

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