書籍・雑誌

アド・バードとグーグル

408748592709_aa200_sclzzzzzzz_ アド・バードというのは椎名誠のSF小説である。1987~89年「すばる」に連載されていたらしい。以前に文庫版で購入したものの長編なのでなかなか読み始められず、今年になってようやく読むことができた。物語は未来社会に地球が2つの広告勢力(あるいは産業勢力)の争いで荒廃し、その中で生き残った人類が肉親を求めて旅をしていくというものである。
一方、最近文春新書の「グーグル google 既存のビジネスを破壊する」(佐々木俊尚著)という本を読んでいて、そのなかでgoogleがあらゆる(ネット)社会生活を広告の対象としようとしており、その技術的手段がアドワーズとアドセンスだと書いていたことから、アド・バードとの類似性を考えたのだった。
アド・バードとアドワーズ、アドセンスとは言葉だけでも非常に似通っているのだが、アド・バードのあとがきを読むと、アド・バードというのは<アドバタイジング・バード>のことで、アドバタイジングとは<広告>の意味とわかればこの類似には合点がゆく。
しかし類似はそれだけはない。アド・バードの小説世界が2つの広告勢力があらゆる空間を広告の対象として地球を覆い尽くしてゆくというものだから、これはまさにgoogleがやっていることとつながってくるのだ。もともと椎名誠氏は流通業界専門誌の編集長をしていたことがあり、広告業界にたいしては普通の人間よりも意識が高かったのだろう。しかし最近のインターネット社会を見ていると椎名誠氏の先見性というものを感じてしまう。

行ったり来たりになるが、佐々木氏の本では、googleが世界中のサイトの集積から人々の関心・欲求を分析し、「ページランクテクノロジー」によって格付けしたサイトを検索結果に表示して検索エンジンとしての圧倒的信頼を得、そこに「アドワーズ」という広告を貼り付ける、また多数の名もないサイトにその話題に合った広告を貼る着けることによってサイト作成者に利益を分配するという「アドセンス」を投入する、それらによって莫大な利益を上げてきたことを紹介する。さらにgoogleがねらっているのは無料メーラ、無料無線LANなどによって個人の趣向・利益と地域情報などを取り込み、新聞の折り込み広告のような機能まで持つことだという。
そうなってくると、人々の生活は確かに便利になるだろうが、そこでネットワークの供給者が得る情報は莫大なものになり、自分の欲望に従って生きているようで、欲望を支配されているような状態になるのではないか、という不安も生じてくる。このへんのところは今読んでいる森健氏の「インターネットは「僕ら」を幸せにしたか?」という本にも書かれているので、そのうち紹介しようと思っている。

さて、再びアド・バードなのだが、この物語に出てくる純粋な人間はわずか十数人というところであとの生物はすべてアンドロイドということになっている。そしてすべてのアンドロイドは2つの広告勢力のいずれかに属している。ところが読み終わったときになぜか人類としての主人公だけでなく、アンドロイドにも愛着がわいてきていて、もう彼らの物語が読めないことが寂しいという感情に行き着いたものだった。それは彼らがいずれかの広告勢力に属していて、基本的にはそれらの命令で動いているのに、そこからはずれてにじみ出してくるような"人間臭"があって、それが魅力を醸し出しているからなのではないかと思う。だとすれば椎名氏は、次第に高度に人間全体を覆ってくるITとビジネスの渦の中から、それを意識してそこから飛び立とうとする意志をもった"鳥"がでてくることを描きたかったのではないか。そういう意味合いでもこの小説は「先見性」があると思ったのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

憲法9条の逆襲!

434499037401_aa240_sclzzzzzzz_v60183210__1 辻内圭氏の『憲法9条の逆襲!』を読んだ。
私の家の近くの書店"住吉書店"はかなり右翼的に偏っていて気分が悪いのだが、それでもこの本は売れているからなのか、あるいは著者が横浜出身だからなのか、ピックアップコーナに置いてある。何気なく題名に惹かれてめくってみると、1977年の米軍機墜落事故のこと、沖縄戦での日本軍の行動など、興味のあるテーマが挙げられていたので思わず購入してしまった。
読み終わってみると、著者のいうことに同意できない点も多々あるのだが、もともといろいろな人に取材して書いているので、その人たちに語らせているところが多く、多面的でおもしろい。目次は次のようになっている。
第1章 軍は民を守るものか
第2章 戦争に懲りた時代の賜物
第3章 普通の国になる意味
第4章 自衛官は何を思う
第5章 『映画 日本国憲法』のユンカーマン監督と語る
第6章 改憲論者と語り合う
第7章 「憲法9条にノーベル平和賞を!」という発想
第8章 人に殺人を命じるなんて、そんな馬鹿げた話はない
特に私としては第1章と第5章がおもしろかった。
第1章では冒頭で書いた米軍機墜落事故のこと、沖縄戦のことなどが書かれている。
著者はここで軍隊というものが宿命的に"民を守らない"ものだと考えているのだが、私はこの2つのできごとは日本の軍隊、自衛隊の特異性を表していると考えてきた。侵略のための軍隊だからこそ沖縄の民を守らず、逆に殺すようなことをし、米軍を守るためにつくられた自衛隊だからこそ、米軍機が落ちたときに住民をそっちのけにして米軍パイロットを救出したのだ、と。どうもこの本は編集者のシナリオに沿って書かれているふうで、著者の考えに共感はきなかった。それでもなぜおもしろかったかというと、私が長年考えていた、「沖縄はなぜ(独立でなく)日本に復帰する運動をしたのか」ということ、戦後間もないときにどのように民衆は憲法を歓迎したのか、ということについてのヒントが得られたからだ。
沖縄のことについては元沖縄県知事の太田昌秀氏に取材している。著者は太田氏に「いま平和憲法の精神を捨てようとしている現状をみて、我が国に帰ったことを後悔してはいないだろうか?」という問いを発している。そして「戦後沖縄の人たちが日本復帰に向けて掲げたスローガンは「平和憲法のもとへの復帰」というものだった。それは「人間らしく生きるためには自由と平等を手に入れなければならない」という、ごく自然な願いだからだった」と解説している。太田氏は発行したばかりの日本国憲法の写しを見せてもらい、
「その前文と第九条を読んだとき、私は、体が震え、心底から熱いものがこみ上げるのを感じずにはおれなかった。そこには二度と『戦争はしない』『軍隊は持たない』とあるではないか。『これだ』と私は、コピーをわし掴みにして大声でさけんだものだ。鬱屈していた気持ちが一瞬にして晴れやかになるのを覚えた。私は、無我夢中になって新憲法の前文や主要な項目を鉛筆で書き写した」
という。これは太田氏の著書『沖縄差別と平和憲法-日本国憲法が死ねば、「戦後日本」も死ぬ』(BOC出版)を引用したものである。ここには私の問題意識への1つの回答が説得力を持って示されていた。
また、第5章ではユンカーマン監督の映画『日本国憲法』を見終わった人の感想が引用されている。
テロや戦争が繰り返されるこの時代に、日本国憲法を変えていこう、9条をなくしてしまおうという強い流れがあることを、多くの人が悲しんでいる
これらを読んで私は、日本国民が、また沖縄の人たちが、憲法との出会いによって大きなものを得たこと、それが今もまた生き続けていることを感じたのだ。
今一度、私も、日本国憲法を、再度受けとめたいと考えたのだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)